「重心を低く」は効果的なアドバイスではない



「重心を低く」というのは、テニスやその他の多くのスポーツでもよく耳にするアドバイスだと思います。しかしながら、これはアドバイスとして全く効果的ではないというのが当サイトの見解です。

そう考える最も大きな理由は、重心の位置を直接感じる事が出来きないためです。重心の横方向(地面と水平の方向)の位置でしたら、足の裏への圧力や筋肉への負荷等から間接的になんとなく感じることができますが、高さに関してはそうした事も出来ず、間接的にすら感じられません

標準体型の人が普通に立っている状態では、重心位置は、へその下あたりの体の内側にあります。しかし重心の位置は、体勢を変える事によって移動し、体勢によっては体の外側に重心が来ます。(前屈やブリッジをしている時など)

体内にあると聞けば、直接感じられそうな気がしてしまうのですが、体外に出る事もあるとなると、それがが現実的では無いと分かって頂けるかと思います。

加えて、体を動かしている状態では、重力による負荷とそれ以外の負荷などが混ざり、それらを区別する事は難しいため、重心の高さはもちろん、重心の横方向の位置ですら感じる事は難しくなります。

どこにあるか分からない重心位置を低くしろと言われても、アドバイスとしては役に立たないと言えます。


この他にも「重心を低く」というアドバイスが効果的ではないと考える根拠をを3つ紹介します。

 


プロの重心は、そこまで低くない

どのスポーツでも重心を低くや腰を低くと言われる事が多いですが、実際には、ほとんどどのスポーツのトッププロでも重心を限界まで低くしている選手などいません

できるだけ足の幅を広げていったり、膝を曲げていった方が重心は低くなりますが、限界まで足を広げて180度開脚に近い体勢を取る選手や膝を90度以上曲げ、お尻の位置を地面すれすれまで下げる選手は、どのスポーツでもまずいないはずです。

重心の位置だけしか気にしないのであれば、初心者でもトッププロ以上に重心を低くする事は簡単です。しかし、本当に限界まで重心を低くしてしまったら、動きにくくなるのが簡単に想像できるから、誰もやろうとしない訳です。

どのスポーツでもそのスポーツの目的にあった理想的な姿勢があり、それは、最も低重心な姿勢ではありません。重心位置を出来る限り低くしようとするとすることは、その理想的な姿勢を取るのを妨げるだけになります。


 


「重心」が様々な意味で使われてしまっている

スポーツの指導では、「重心」という言葉が良く使われていますが、物理学でいう「重心」とは明らかに違う意味で使われてしまっている事も多いです。どのように使われているか、実際にインターネット上で見つけた例を3つ紹介します。

1.サッカーのドリブルが上手い人は重心が高く、胸の位置まで重心が来ていると解説
仮に両手を上に挙げてバンザイのポーズをしたとしても、胸まで重心を上げる事はできませんので、ドリブル中にそこまで重心を上げる事はまず不可能です。

2.腰より下の写真2枚で重心の高さを比較している
重心の位置を知るためには、当然上半身の姿勢も知る必要があり、全体を見ない事には重心の比較はできません。

3.精神状態により重心が大きく変化すると説明
このような説明をしているサイトがかなり多かったのですが、重心位置が精神状態により大きく変わるという事は考えられません。精神状態の変化によって体には様々な反応が起こりますので、重心位置が多少変化する可能性は考えられなくもないですが、変化があるとしても1cmにも満たない微々たるものでしょう。

これらは、物理的な「重心」とは明らかに違う意味で、「重心」という言葉を使っているのは明らかですが、では何を指しているのかというと、これらのサイトを読んでも具体的な説明はありません。おそらくこの方達は、自分たちが本当の(物理的な意味での)「重心」について書いていると考えているのでしょう。

なぜそのような勘違いが起きてしまうかというと、重心の高さは本来感じられないはずなのに、感じる事ができると教わってしまった事が主な原因だと思われます。無理やり「重心」を感じようとした結果、例えば、「意識を集中した場所」であったり、「負荷のかかっている場所」を「重心」だと思い込んでしまっているのではないでしょうか。

このように「重心」が様々な意味で使ってしまっているのが現状ですので、必要以上に「重心」という言葉を使うと余計な混乱を生むだけになりかねません。

 

低重心のメリットは、ほぼ間接的なもの

低重心からくるメリットとして最も良く挙げられているは、「フットワークが速くなる事」、「(姿勢、ショットの)安定性が上がる事」でしょう。しかし、これらは、低重心である事とは直接的な関係はほぼ無いというのが当サイトの見解です。

では、直接の理由は何かというと、主に「膝を曲げる事」と「足の幅を広く取る事」です。これらを行うと重心はもちろん下がりますので低重心である事は、これらのメリットと全く無関係ではありませんが、あくまで「間接的」に関係しているだけになります。では、そう考える根拠について解説していきます。

まず、「フットワークが速くなる事」についてです。一口にフットワークの速さといっても、走り出した時の加速の速さ、切り返しの速さ、長い距離を走る時の速さなど色々な要素がありますが、どの要素にしても低重心と直接関係あるという物理学的な根拠は、(少なくとも当サイトの調べた限りでは)ありません。

逆に膝が角度や足幅に関しては、「膝が曲がっているから地面を強く蹴れる」、「足幅が広いから、歩幅を大きくする事ができ、速く移動できる」等たくさんの理由を考える事ができます。

フットワークの速さについては、低重心では無く、膝の曲げ、足幅の広さの方が直接の要因である事は明らかでしょう。


次に「安定性が上がる事」についてです。安定性を上げる事ができる最も大きな要因は、低重心では無く、足幅、歩幅を広くする事だと考えられます。足幅を広くすると「支持基底面」が広がります。支持基底面とは、「体を支えるために、地面と接している部分を結んだ範囲」のことで、二本足で立っている状態では「地面と接している左右の足の裏とその間の領域」の事になります。支持基底面が広いほど姿勢が安定しやすいです。

重心線(重心の横方向の位置)が支持基底面にあれば、安定して立っている事ができますが、外に出てしまうと転びそうになります。歩幅の狭い場合は、遠いボールにギリギリ追いついた際など、転びそうにならないようにするため、無意識に「安定しない打ち方」を選択する事が多くなります。具体的に「安定しない打ち方」とは何かというと、「上半身がブレる打ち方」や「本来の打ち方とは違う打ち方」です。

足の幅が広ければ、転びそうになる心配が格段に減るので、遠い球でも安定した打ち方を選択する事ができます。

重心を低くすると支持基底面が相対的に広くなるので、その点に関しては、低重心も転びにくさ、安定性と直接関係していると言えます。しかしながら、足幅を広げる事に比べたら、安定性を上げる効果は小さいですし、足幅を広げて膝も曲げれば、それだけで重心は十分に下がりますので、わざわざ重心を下げようとする必要性は無いでしょう。

「速さ」、「安定性」どちらにしても、膝の曲げ方、足幅の広さの方が重心の高さよりもはるかに重要と言えます。



以上の理由により、重心を低くしようと意識する事やそのようなアドバイスは効果的では無いというのが結論です。「重心を低く」の代わりに適切な膝の角度足の幅を指示した方がより具体的で役に立つアドバイスとなるはずです。




今回の重要ポイント

〇「重心を低く」というアドバイスは全く効果的ではない。

〇重心の位置を直接感じる事ができず、高さに関しては間接的にすら感じられない。

〇プロの重心はそこまで低くない。

〇物理学でいう「重心」とは明らかに違う意味で、この言葉が使われてしまっている事も多く、注意が必要。

○足幅が狭いと、転びそうにならないように無意識に安定しない打ち方を選択している。

〇低重心のメリットとして良く言われる「フットワークの速さ」、「安定性」は、低重心との直接的な関係性は薄い。

〇重心を低く意識するのではなく、適切な膝の角度、足幅の広さを意識する方が効果的。